家族で時そば

おととい 
有珠の友人宅で
家族で落語、時そばを語りました。
 
妻は
あたふたと枕を語り
 
長女は風鈴を鳴らし
 
長男は
ものすごい早口で。
 
ぼくも
自分みたいな間抜け男を語り
まずいそばをたくさん食べて
大笑いしました。
 
落語の後は
ふるまい「よたかそば」。
 
噺に出てくるニハそばを食べてもらおうと
そば粉二分
うどん粉八分で
(落語では逆の割合)
極太のやわやわ麺に仕上げ
 
ちくわを薄く切り
(一本を60枚切り)
麩を浮かべて
食べました。
 
ふくさやは、さすがです。
蕎麦クレープをつくりました。
りんごジャムをサンドしました。
 
 
 
喜劇作家のモリエールは
自身の劇作の中で
喜劇となる
笑いの起点を舞台に上げつつ
それを笑っている観客の中に
ふと
笑いの起点となる人物が
自分の内にも存在することに気付き
劇場全体で観客が笑っているものは
じつは、自分のことだと思い
おそろしくなる…
そのような構造をもっていたといいます。
  
「時そば」の間抜け男といい
民話の抜け作話には
こういった類の、真似をするから失敗するような
笑い話が多いのですが
その笑いの中で
自分の人生上で
「同じことしておまへんか」
という視点で見れたとき
ドキッと辛いのですが
自身のことをより深くとらえられるのでは
と思います。
 
どんな感情や考えも
それに気づいてゆくことで
認めることで
味わい深いものに変化してゆく。
 
また演者のこのような取り組み方が
観客に与えるものが、なんともいえない味わいに変わり、
よりほっこりした笑いになればと思います。
  

話は少しずれますが、  
手打ちの極太やわやわ麺を
「オレが打ったのと似てるやないの」
とほっとした人も居たりしてね(笑)。
 
 
その日の打ち上げでは、友人の誕生日プレゼントに
ケーキを作りましたよ。
いつもなら、
ケーキ生地にほんのりレモンシロップを使うのですが
今回はゆずシロップにしていたら
「いつもと味が違いますね」
と気付いた人があって
人の味覚の鋭さには驚かされました。
 
芸術も、お菓子も、
感覚を通して受け取るものですが
人は、思ったよりも深くまで観ているものです。
 
見えない時間を、どう過ごしているかが
問われているかのように感じます。 

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