「授業を終えて」
授業を終えて、くたくたになって、車に戻る。
ふっと海を見る。
学校の駐車場から見える海だ。
この海の景色が、くたくたになった自分に、なにか与えてくれているように思う。
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今日は、授業だけでなく、発表を行った学年もあった。
どの授業も、エネルギーを使う。
今週は、授業に、講座の準備に、お菓子の発送にと、とても忙しかった。
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くたくたになって、海を見る。
これが、自分の人生の根底とつながっていなければ、このくたくたの自分を支えるものを持たないだろうと、ふと思う。
自分の人生の根底には、なにがあるのか?
どんな経験が、自分の根底になっているのか。
揺らぐことのない、根底は・・・。
ぼくが高校生の頃、このような話をしてくれる大人はいなかった。
話してほしかったが、だれもいなかった。
ぼく自身は、授業の中で、実際このようなことも話す。
高校生の時期こそ、
自分の生き方を最高度に深く問い詰めるであろうから。
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明日から九州へ講座の旅がはじまる。
ことばを物語ること、そして、詩。
今回の講座では、詩に熱を入れたい。
久々に、萩原朔太郎の「詩の原理」を読み返す。
氏は、詩が何か、結局のところ言い当てることはできなかったと記しながらも、最後にこう書いている。
「しかし、我々の求めるものは、美の完成ではなくして創造であり、そして實に「藝術」よりも「詩」なのである。 詩!我々はこの言葉の中に響く、無限に人間的な意味を知っている。(略)我々は、それを欲しても欲しないでも、意志によって駆り立てられ、何かに突進せねばならなくなる。詩が導いて行くところへ直行しよう。」
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