「授業を無事終えて」
二週間の授業期間を終えて、やっと、ホッとしています。
最終日の発表では、今までで一番というほど、11年生は輝いていました。
声が晴れ晴れしく、スッと出ている。
ことばを飲み込まず、
空間に一音一音粒だてるように造形する意識も見られました。
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一つの詩が終わり、次の詩へ行くときの、
テキストをめくる、その静かな間。
その時間が印象に残ったと、感想をくれた生徒もいました。
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そう、ことばの音だけでなく、「間」で語られている。
間の中に、見えないうごめきや、流れ、深まりが感じられるとき、
余韻が、はっきりと、そこに生まれる。
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最後の詩は、ぼくはノータッチで、生徒に任せました。
彼らはやってくれました!
ほんとうに美しかった。
実は、その詩の前から、ぼくは、すこしばかり、目頭を熱くしていたのです…
決して、上手ではない、けれども、彼ら彼女らの
ひたむきな姿と声に、こころ動かされていたのでした。
ことばを習得することと、物語る声を習得することは違います。
それは、記号である文字に、生命を吹き込む作業であり、
その生命を吹き込む自分になっていくことです。
社会に向けて語りかける声は、
より大きなところの、その人自身の声。
そうした語る声を、こころの奥で、きっと誰しもが、求めていると思います。
この二週間で、そうした、
より大きなところの自分の声に近づいたのではないかと思います。
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とても濃く、長かったこの二週間。
この間、ぼくは他になにもできなかったです。
家に帰ったら、バタンキューで。
けれども、終わってしまえば、あっという間。
これを糧に、また精進します。
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