「久しぶりにお菓子を焼いた」
一か月以上ぶりにお菓子を焼いた。
毎年夏休みの間は、お菓子の発送も製造も、お休みにさせてもらっている。
文字通りの、夏休みである。
暑いと、焼き菓子には手が伸びない。
それに、今年はとりわけ暑かった。(まだまだ厳しい残暑は続いているが)
高温が続き、カラッとしていない、蒸し暑い日が多かったように思う。
一か月以上もお菓子を作っていないと、不思議な心地にさえなる。
どこか、自分の足元がぐらつくような、不安定さを感じる。
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今朝、コックコートを着て仕事を始めると、長女が、
「お菓子作るの久しぶりだね」
という。
家族にとっても「間」を感じていたらしい。
「職人の家の子どもは、生活のリズムがしっかりと身につく」
と聞いたことがある。
毎日、淡々と、規則正しく生活が営まれるからだ。
だからそうした家に生まれると、心身が安定してゆくという。
「同じことの繰り返し」…
時に、思春期の頃は、こうしたことばで人生を否定的にとらえることがあるが、
同じことの繰り返しは、安心であり、安らぎでもある。
そしてそれは、新鮮でありつつも、刺激ではない。
次へ次へと追い求めるものではなく、知らぬうちに身に沁むような味わいだ。
夜明け前の静けさ、鳥の声に包まれる朝、
日の光溢れる昼、すべての色を包む美しい日暮れ方。
漆黒の夜。
季節ごとの手仕事。
季節ごとの畑。
蝉時雨に懐古し、立秋のコオロギの声、
初雪に傷みを忘れる…
繰り返されることで、新しく、なつかしく、それと出会う。
そして、私たちのこころも、
新しく、なつかしく、なってゆく。
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夏休み明け、間があいてお菓子を作る。
それは毎年のことだ。
けれども、今年は特に間があいた。
丁寧に、工房を拭き清め、神前に合掌する。
粉をふるい、材料を計り、混ぜ合わせてゆく。
そうして、材料一つひとつに、目を配り、香りをかぐ。
その時の香りが、何とも言えず、私の中に入ってきた。
小麦粉の香りとは、こんなだったか…と思い出した。
「粉の香りがする」
いつか、クッキーを食べた人が、ハッとした表情でそういったことを思い出した。
五臓六腑に染みわたるように、香りが私の中に入ってきた。
オートミールの香りはこんなに佳いものであったか…
ココナッツの香り、
刻んだアーモンドの香り…
私は、その香りを味わった。
お菓子を作る前から
それらの香りが、胸いっぱいにさせてくれた。
……
素材の香りをかぐことによって、
その一つひとつの素材の奥にある、やわらかい声と交感するような心地がする。
思えば、その声と共に、私は、ずっと、
お菓子を作ってきた。
お菓子を作るという行為の中で、深く、自身を感じられる時間がある。
私は、繰り返される暮らしの中の些事、繰り返される季節、
そして、自分に与えられた仕事に
感謝を感じた。
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