芸の不動心

「芸の不動心」~狂言師、茂山千之丞さんのこと~


夏休みの出来事である。
7月30日朝、カムチャッカ半島で地震があり、津波警報が発令された。
実に14年ぶりの津波警報だったという。
その時僕らは、友人宅でチャリティコンサート中だった。
場所は高台だったので、津波の心配はないところではあった。


オープニングの曲が終わり、僕の出番となった。
僕は民話を語った。
よりによって、少々恐い話。


語りの最中、時折鳴り響く、アラート、防災放送、サイレン。
何度か語りを中断して、続行してよいか確認したり、
音がすごいので窓を締めてもらったりした。


演者というものは、舞台上では心魂を燃やし、火の玉になっている。
これが常であり、そうでなくてはならない。
しかし、非常事態のときは――

その時、僕の頭によぎっていたのは、
ちょうどその頃読んでいた、狂言師、茂山千之丞さんの本にあったエピソードだ。
千之丞さんの父親は、大の雷嫌い。
ちょっと雷が鳴ろうものなら、悲鳴を上げて布団をかぶって隠れる程だという。


しかし、ある狂言の公演中、ものすごい雷がなり始め、ついに凄まじい音と共に落雷し、会場の近くの欅の木が真っ二つに裂けた。そのとき、観客の多くが避難したが、千之丞さんの父親は、真剣なる表情で、心揺らぐ様子もなく、そのまま舞台を続けていたという。
その父親をみた千之丞さんは、芸というものの凄さ、芸に対する精神を感じた、と語っている。


そのエピソードが頭をよぎっていた。
もちろん、本当に非常事態なら中断し、すぐに避難すべきである。
しかし、そうでなければ、演者はギリギリまで舞台に立つ。




語りはぐっと集中した時間となり、聴いていた子どもたちの、のめり込んだ反応が嬉しかった。
二時間ほどのコンサートは終わった。
そのあとは、隣町にある、妻の職場へ避難し、夕方からは伊達市の緊急時の避難所へ移動した。
津波警報が解除されたのは、夜の21時で、そのあとに自宅へ帰った。

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